大阪のニュース

今までにない選挙の在り方 2015.5.15

大変久々の更新となります。

 

 さて今週末17日(日)は、大阪市を5つの区に再編する、いわゆる「大阪都構想」への賛否を同市民に問う、住民投票が同市内の各投票所で行われます。

 

 私自身は大阪市民ではありませんので、投票権は持っていません。しかしこれまでの地方行政のあり方を大きく変える可能性のある「都構想」への賛否を問うわけですので、大変大きな関心を寄せています。

 

 そもそも住民投票は、自治体が制定する「条例上」では「法的拘束力」がないものとされていますが、今回は大都市法という国家が制定した法律上で行われるため「法的拘束力がある」と決められています。大都市法での住民投票は、2012年に制定された同法下ではもちろん初。しかも住民投票という枠組みでも有権者は約214万人で過去最大規模です。

日経新聞ウェブ版「住民投票 従来と違いは? 「大都市法」で初 結果に法的拘束力」

 

 とはいえ、この関西の地でも新聞・テレビなど大手メディアは必ずしも大々的には、この住民投票に対する報道を行っているとはいえないという気がしてなりません。

 

 大阪市民の有権者には、「日本で最初の選択をする」という意識で、都構想に賛成・反対の1票を「必ず」自らの意志で投票してもらいたいと思います。それにはメディアで報道されようと、されまいと全く関係のないことだといえます。(阪田)

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私たちは歴史に学べるのか 2015.1.17

大震災から20年の朝を迎えた神戸。1.17のつどいが開かれた東遊園地には例年以上の参列者が訪れた=1月17日午前5時半、神戸市中央区(撮影:阪田裕介)
大震災から20年の朝を迎えた神戸。1.17のつどいが開かれた東遊園地には例年以上の参列者が訪れた=1月17日午前5時半、神戸市中央区(撮影:阪田裕介)

17日午前5時46分、阪神・淡路大震災から20年となりました。

 

早朝の神戸市、東遊園地には午前7時現在昨年の3倍近い1万4千人が訪れたとのことです(市発表)。やはり人ひとりが大人になるような「20年」という歳月を「節目」と捉えた人々が多かったようです。

 

しかしながら、20年前の震災は間違いなく「歴史化」しているのではないでしょうか。私自身当時0歳半で、震災当日両親らと神戸入りしていたそうですが全く記憶がありません。

 

 

このような「震災を知らない」世代、あるいは「震災を経験していない」人々にとって、20年前の震災はただ「かつてあったこと」であり「歴史の一部」としてしか認識できないでいることも十分ありえます。

 

92年前の関東大震災は、多くの人々にとって完全に「歴史化」しています。2011年の3月11日までは、毎年1月17日にメディアが特集する震災に関する報道を「今年もまたやってるよ。鬱陶しいな」としか受け流せなかった東京(だけではないでしょうけど…)の人々も多かったことでしょう。逆に阪神・淡路から20年が経ってしまった関西では「震災や災害」をさほど気にかけない人もいるかもしれません。そのような人たちにとってそれぞれの震災は「歴史」として、「自分には関係ないもの」として捉えている節がどこかにあるのです。

 

年月が経つにつれて、記憶は遠くのものとなり、そもそも経験した人の数自体が少なくなります。そう考えれば、災害が「歴史化」していくのは致し方ないといえるかもしれません。しかしたとえ「歴史」となってしまっても、私たちはその歴史から学ばなければなりません。「歴史は繰り返す」と言いますが、逆に言えば「歴史から学べば、過ちを繰り返さないで済む」とできないでしょうか。歴史から学び、災害に備えることを怠らなければ、再び多くの人が悲しみに暮れるという「過ち」は避けられるのではないでしょうか。

 

ビスマルクの有名な言葉に「愚者は(自分自身の)経験に学び、賢者は(他者からの)歴史に学ぶ」というものがあります。そう「天災は忘れたころにやって来る」のです。(阪田裕介)

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