新聞ができるまで:手元に届くまでに多くの人の手

 「ペンは剣よりも強し」と言う言葉を聞いたことがあるだろうか。新聞は、社会で起こった出来事や、人々の声に記者が耳を傾け、取材を通して真実を言葉にして伝えるものである。3月に立命館大学新聞社では、横浜の日本新聞博物館・東京の朝日新聞東京本社で研修を行った。そこで現役の記者の方やガイドの方の話を聞き、新聞の作られ方や、役割とは何かを学んだ。今回は新聞がどのようにしてできるのか、研修で聞いた現場の話を交えてお伝えする。 

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東京・横浜で研修をしてきました!

近況報告です!

3日間の日程で、横浜・東京で研修旅行に行ってきました!

日本新聞博物館や朝日新聞本社、新歓号に掲載予定の取材先などへ赴き、充実した研修をすることができました。

記事の内容に関係するので詳しくは書けませんが、今回の研修中、取材した内容などは、4月1日発行予定の「新歓号」にて掲載しますのでお楽しみに!

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総会開催と新役員人事のお知らせ

 7月30日、立命館大学新聞社規約第十条に則り、新聞社総会を開催致しました。

 

 これに伴い、現役員が退任し新役員人事となりましたので、お知らせいたします。主幹以下、財務局長、BKC局長、OIC局長の人事を交代いたしました。


 また10月21日、同規約に定める総会用件を満たしたため総会を開催致しました。


 今総会では、役員より立命館大学新聞社規約の改訂案が発議され、委任を含む満場一致で改訂案を可決いたしました。

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前期ももうすぐ終わります...

 こんにちは。眞子です。「まなご」と読みます。

 テスト勉強の休憩がてら、一筆してみようかと思います。

 

 僕も含めて、学生にとっては何かと忙しいこの時期に、今週はかなり大きなニュースが飛び込んできました。

 

 

 一つは、「天皇陛下 生前退位のご意向」。個人的にはかなり驚きました。

 

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毎週金曜日は定例会!

毎週金曜日18時からは立命館大学新聞社の定例会です!!!

興味のある方は遊びに来てね!!!

 

 

新聞社 一同

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クリスマス

2015年 12月25日

 

今日で一年の新聞社活動が終わりました。

肩の荷が降りた心地です。

 

R.I

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反知性主義的な政治議論は避けねば

2015年9月25日

 

 4年に一度のラグビーW杯イングランド大会が開幕し、現地時間24日の日本代表の第2戦・スコットランド代表戦は大敗したものの、同19日に行われた南アフリカ代表との開幕戦における、日本代表の勝利は世界中で大きな衝撃を与えました。各メディアで報道されている「ハリー・ポッター」シリーズの作者、英国のJ・K・ローリング氏の「小説では書けない」発言も、「小説の中でさえ書くことがためらわれるほどに、“ありえない”出来事」という文脈で読めば、いかに日本代表が南アに勝利することが現実に起こりえないとされていたかが分かります。次回、4年後の19年のW杯は日本開催。今大会を機に、五輪やサッカーW杯のように、ラグビーW杯が注目度合いを増していくかもしれません。

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海神(わだつみ) 2015.6・7月号より

 大きな声では言えないが、ある筋から盗聴テープが手に入った。テープの中身は、なんと某日の政権与党の会合の様子。ここだけの話ということで、こっそり中身をお教えしよう...

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【文化雑感】知識人死して、言論も死す?

2015年6・7月号より

 

 現在の日本の言論状況は、決して高次な水準だとはいえないだろう。特にネット言論は、確かな知識に基づかない論評や感情論であふれかえっている。

 では、ネットを中心とする言論の在り方はいつ始まったのか。その萌芽(ほうが)は1990年代にあった。90年代は言論活動の在り方が、大きく変質する兆しとなる出来事があった。

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選挙権はライブチケットなのか 2015.7.2

プロ野球開幕から3か月が過ぎ、気づけば(なぜか)阪神が辛うじて首位。交流戦でパ・リーグが強かったんですね。ただしオリックスは大変残念な「最下位独走モード」に入っていますが・・・

 

サッカーなでしこジャパンは日本時間2日朝、W杯の決勝戦をかけてイングランドと対決。2大会連続の4強ですので、すでに素晴らしい結果といえるかもしれません。

 

話は本題へ。

改正公職選挙法が参議院本会議で先月17日に成立。いよいよ18歳選挙権が早ければ、来夏の参院選から始まります。

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【文化雑感】白川静先生と東洋

2015年5月号より

 

 「三千歳の青年」。ある中国文学者が、老いてなお休むことなく、研究に情熱を注ぐ立命館大名誉教授、白川静先生をこう賛している。

 昨年度、特集「白川静を学ぶ」のために白川先生にゆかりのある方々を取材したり、その著作を読んだりした。取材したどの方々にも共通する白川評の一つが「ユーモアのある方だったが、一方で学問への態度は厳しかった」というものだった。

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今までにない選挙の在り方 2015.5.15

大変久々の更新となります。

 

 さて今週末17日(日)は、大阪市を5つの区に再編する、いわゆる「大阪都構想」への賛否を同市民に問う、住民投票が同市内の各投票所で行われます。

 

 私自身は大阪市民ではありませんので、投票権は持っていません。しかしこれまでの地方行政のあり方を大きく変える可能性のある「都構想」への賛否を問うわけですので、大変大きな関心を寄せています。

 

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バスが新しくなって 2015.4.5

京都京阪バス=‎4‎月‎4‎日午前‎8時17分、OICバスロータリー(茨木市)
京都京阪バス=‎4‎月‎4‎日午前‎8時17分、OICバスロータリー(茨木市)

キャンパス間シャトルバスの運用制度が4月から変更され、いくつかの点が変わっています。

(詳しくはこちら

その内でも、「見た目」が変わりました。

 

右の写真はOICからBKC行きの便ですが、昨年度までと違い「路線バス」になりました。

 

それは、学外の人でも利用できる形態になったということです。

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事実の捉え方 2015.3.11

シンポジウム「ほんとの空が戻る日まで―東日本大震災及び原発事故からの福島の闘い―」では福島の食と農業についても報告された=8日午後15時、朱雀キャンパス(中京区)
シンポジウム「ほんとの空が戻る日まで―東日本大震災及び原発事故からの福島の闘い―」では福島の食と農業についても報告された=8日午後15時、朱雀キャンパス(中京区)

きょうで東日本大震災・原発事故から4年。みなさんは地震発生時刻の午後2時46分を、どう過ごしたでしょうか。

 

震災・原発事故と向き合う上で、「事実の捉え方」を思います。

 

震災当時も現在も、人々は「情報」を求めています。しかし、情報は種々混合です。ウソか本当か、都合が良いか、悪いのか云々。

 

そんな中で、「事実」とは案外難しい概念だといえます。

 

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寒さ厳しい夜明け 2015.2.1

きょうから2月。しかしながら、今季一番の冷え込みが各地で記録され、京都市内では積雪も観測されるなど寒さ厳しい一日となりました。

 

そしてきょうから立命館大の一般入試が始まりました。受験生には最後まで諦めず「合格」を手にできるよう最善を尽くしてもらえればと心から思います。

 

そんな本日でしたが、夜明けに大変悲しいニュースが飛び込んできました。「イスラム国」(IS)による邦人人質殺人警告事件で、解放が望まれていたフリージャーナリストの後藤健二氏が、先日の湯川遥菜氏に続き殺害されたという衝撃的な内容です。

 

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【文化雑感】伊丹映画再発見!

2015年1月号より

 

 伊丹十三―。読者はこの人物をご存じだろうか。1980〜90年代に活躍した映画監督である。伊丹は84年に葬儀を急に執り行うことになった家族の様子をユーモラスに描いた「お葬式」で監督デビューする。

 

87年には「マルサの女」で国税局査察部と脱税者の攻防を描き、92年「ミンボーの女」では民事介入暴力の問題を取り扱った。他にも医療・食品偽装・カルト宗教と一般の人々が知り得ない世界を、ジャーナリスティックな視点で映画化した。

 伊丹映画の視点は、伊丹の父で映画監督であった伊丹万作の影響もあるのかもしれない。万作は46年の「戦争責任者の問題」という文章の中で、太平洋戦争の戦争責任が一部の戦争責任者にのみあり、国民はだまされていた、とする風潮を批判し、だまされた国民にも責任があると指摘した。

 

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私たちは歴史に学べるのか 2015.1.17

大震災から20年の朝を迎えた神戸。1.17のつどいが開かれた東遊園地には例年以上の参列者が訪れた=1月17日午前5時半、神戸市中央区(撮影:阪田裕介)
大震災から20年の朝を迎えた神戸。1.17のつどいが開かれた東遊園地には例年以上の参列者が訪れた=1月17日午前5時半、神戸市中央区(撮影:阪田裕介)

17日午前5時46分、阪神・淡路大震災から20年となりました。

 

早朝の神戸市、東遊園地には午前7時現在昨年の3倍近い1万4千人が訪れたとのことです(市発表)。やはり人ひとりが大人になるような「20年」という歳月を「節目」と捉えた人々が多かったようです。

 

しかしながら、20年前の震災は間違いなく「歴史化」しているのではないでしょうか。私自身当時0歳半で、震災当日両親らと神戸入りしていたそうですが全く記憶がありません。

 

 

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